category: 植草一秀氏
DATE : 2007/08/14 (Tue)
DATE : 2007/08/14 (Tue)
今日TBしていただいた、憲法と教育基本法を守り続けよう。 さんを読んで、中日新聞の社説に
冤罪防止:反省てこに基本見直せ
との記事があることを知り、会社に中日新聞があったので読んでみました。
(記事は憲法と教育基本法を守り続けよう。さんで読めます。)
富山の冤罪事件では、靴のサイズが違うという決定的な容疑者の無実の証拠を検察が隠し続け、容疑者は有罪判決を受け、服役させられた。父親の死に目にもあえなかった。
父親は息子を信じていただろうが、息子がこのような検察のデタラメ捜査の為に犯罪者にされたことを知らず亡くなった。
中日新聞では、捜査の不十分さという言葉が使われていたのですが、そこは若干違和感があった。
不十分というのは、なんとなく、意図的ではなかったかのような印象を私は受けるからです。
検察が都合の悪い証拠を出さないのは、この人を犯人にするという明確な意図があってやっていることだと思う。不十分という言葉で済ませられないのではないだろうか。
植草氏は検察官に『否認を続ければ、裁判で私生活を攻撃して家族を徹底的に苦しめてやる。』と言われたことを意見陳述で明らかにしています。
何かと引き換えに自供しろと脅かした検察官。
一貫して否認を続けた植草氏に対し、結局この脅迫は現実になり、一貫して否認を続けた植草氏を検察は攻撃した。
こんなことが認められていていいわけがない。
冤罪の防止など、この言葉を吐いた検察官はこれっぽっちも思っていないだろう。
冤罪防止:反省てこに基本見直せ
との記事があることを知り、会社に中日新聞があったので読んでみました。
(記事は憲法と教育基本法を守り続けよう。さんで読めます。)
富山の冤罪事件では、靴のサイズが違うという決定的な容疑者の無実の証拠を検察が隠し続け、容疑者は有罪判決を受け、服役させられた。父親の死に目にもあえなかった。
父親は息子を信じていただろうが、息子がこのような検察のデタラメ捜査の為に犯罪者にされたことを知らず亡くなった。
中日新聞では、捜査の不十分さという言葉が使われていたのですが、そこは若干違和感があった。
不十分というのは、なんとなく、意図的ではなかったかのような印象を私は受けるからです。
検察が都合の悪い証拠を出さないのは、この人を犯人にするという明確な意図があってやっていることだと思う。不十分という言葉で済ませられないのではないだろうか。
植草氏は検察官に『否認を続ければ、裁判で私生活を攻撃して家族を徹底的に苦しめてやる。』と言われたことを意見陳述で明らかにしています。
何かと引き換えに自供しろと脅かした検察官。
一貫して否認を続けた植草氏に対し、結局この脅迫は現実になり、一貫して否認を続けた植草氏を検察は攻撃した。
こんなことが認められていていいわけがない。
冤罪の防止など、この言葉を吐いた検察官はこれっぽっちも思っていないだろう。
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★「大事な仕事を早くして欲しいんですよ。」だって
NAME: mojo
まず「脅して自白をさせる」次に「甘い言葉」で認めた方が得だと思わせる。
普通に考えて、取調べ室という『密室』では、いかにもありそうです。
「こんな所にいないですぐに仕事をして欲しいんだ」
「日本はいま大事な時期だから、こんなことに時間をかけてはだめだ。大事な仕事を早くして欲しいんですよ。」(「知られざる真実」p227より)
取調官は、こんな事も言ったようです。
この人は「植草さんは、日本に必要な“人材”だという事を理解しているのでしょう。もしかしたら、植草さんを尊敬しているのかな。・・・(笑)
もちろん、本心では無いのは、誰でも分かると思います。
ただ取調べられる側は「いつまで拘束され続けるのだろう」とか「ウソでも、自供をした方が“ラク”になる」など、植草さんに限らず、冤罪事件で(ウソの)自供をさせられた人たちに共通する『特殊な心理状態』では、このような取調官のミエミエのウソでも「信じたい」という気持ちが働く場合があるようです。
幸い、というよりも前回の事件の“教訓”として、「警官や検察官の甘いコトバを信じるのは危ない」という経験から、今回は長期の勾留に耐え、脅しにも屈することなく、無罪の主張を通されたまま裁判になりました。
案の定というか、植草さんの「自供を取る」以外には、もともと「確実な証拠」も無く、事件直後に「認めている」と発表した手前、そのフォローもしなければいけない。結果として、青木巡査も「認めているように“感じた”」と微妙にトーンダウンした証言になった。
「冤罪か、冤罪じゃないか」
関係者の証言がトーンダウンした場合「冤罪だな」と判断します。
私は、2回目撃者の証言よりも、青木巡査の証言によって、植草さんが「冤罪」だという事を確信しました。
みんな「自分の責任」になるのはイヤですから。
普通に考えて、取調べ室という『密室』では、いかにもありそうです。
「こんな所にいないですぐに仕事をして欲しいんだ」
「日本はいま大事な時期だから、こんなことに時間をかけてはだめだ。大事な仕事を早くして欲しいんですよ。」(「知られざる真実」p227より)
取調官は、こんな事も言ったようです。
この人は「植草さんは、日本に必要な“人材”だという事を理解しているのでしょう。もしかしたら、植草さんを尊敬しているのかな。・・・(笑)
もちろん、本心では無いのは、誰でも分かると思います。
ただ取調べられる側は「いつまで拘束され続けるのだろう」とか「ウソでも、自供をした方が“ラク”になる」など、植草さんに限らず、冤罪事件で(ウソの)自供をさせられた人たちに共通する『特殊な心理状態』では、このような取調官のミエミエのウソでも「信じたい」という気持ちが働く場合があるようです。
幸い、というよりも前回の事件の“教訓”として、「警官や検察官の甘いコトバを信じるのは危ない」という経験から、今回は長期の勾留に耐え、脅しにも屈することなく、無罪の主張を通されたまま裁判になりました。
案の定というか、植草さんの「自供を取る」以外には、もともと「確実な証拠」も無く、事件直後に「認めている」と発表した手前、そのフォローもしなければいけない。結果として、青木巡査も「認めているように“感じた”」と微妙にトーンダウンした証言になった。
「冤罪か、冤罪じゃないか」
関係者の証言がトーンダウンした場合「冤罪だな」と判断します。
私は、2回目撃者の証言よりも、青木巡査の証言によって、植草さんが「冤罪」だという事を確信しました。
みんな「自分の責任」になるのはイヤですから。
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